淡路島、神話の里から銅鐸が発見

古代マニアの妄想を刺激する発見が淡路島でありました

 

神話の世界では国生みの際、最初に生まれたのが淡路島だと言い伝えています
そして、今回の銅鐸も最古級のものでした・・・

淡路島が生んだものは、上沼恵美子だけにあらずです^^


神話の里として知られる淡路島の建設会社のジャリ置き場から、国内最古級の銅鐸が一気に七点発見され大きなニュースとなっています。

 

銅鐸は、紀元前~2、3世紀の弥生時代に使われた祭器で、これまでに500点近くの発掘があったものの、その正確な使用用途や、目的がわからない謎の遺物です

 

日本書記には、和銅6年(713年)奈良で銅鐸が発掘されたとの記述されているものの、当時をして、すでに何に使われたものなのか、人々の記憶から失われていたようです。

 

淡路島をふくむ兵庫県は、これまでに最多の発掘実績をほこる銅鐸王国です。そのなかでも、淡路島での発見が一番多く、古代に日本で大きな影響力を誇ってきたことが指摘されています。

 

日本の成り立ちをしめした神話の世界では、イザナギ、イザナミの二柱の神様の結婚により、次々に子供(=国土)が生まれます。淡路島、四国、隠岐島、九州、壱岐、対馬、佐渡島、そして本州の八つの島が、生まれています。

 

古代の人々は、まず日本は淡路島からできたと語りついできました。そして今回の最古級の銅鐸の発見は、なんらかしらの歴史的背景があったことを示唆しているのではないでしょうか?

 

国の成り立ちを神話までさかのぼる日本の歴史は世界最古のものです。

現在の教育現場では、神話を荒唐無稽のおとぎ話と決めつけ、子どもたちに先祖からの伝承を握りつぶしている現状があります。

 

神話には論理的には理解しにくい描写もある一方、古代におこった歴史的事実を物語として受け継いできたとも言われます。西欧では、シュリーマンによる発掘で、神話だと思われたトロイヤが実際に存在していたことが証明されました。おなじく日本でも、古事記にかかれた出雲とアマテラスによる国譲りの物語にようやく科学の目がはいりつつあります。

 

平成にはいり出雲地方で、銅鐸を含む古代の遺物の発掘がつづいています。頭の固い学会でも、出雲では大きな勢力があったこと、そして2~3世紀を境に、忽然と出雲の勢力が消えてしまったことが分かっています。そして出雲の影がきえると同時に、大和政権の息吹がはじまります。最新の発掘調査では、この頃、奈良の橿原の地に、日本ではじめての都市国家が誕生しています。国譲りから天孫降臨までのストーリーと発掘による事実は2000年の時をへてようやくリンクしてきました。

 

神話の世界でいう大国主の命(出雲大社の神様)と、アマテラス(伊勢神宮)の国譲りの物語は、古代の日本で同じくことが起こったと考えるのが自然です。

 

また幡谷の妄想では、出雲の神様をまつる勢力が大事にしていたものが銅鐸であり、そして国譲りの結果、新しい時代の祭器が鏡となったのでは?との仮説を提案します。

鏡は三種の神器の1つであり、なにより今なお全国にある神社の祭礼に用いられています。古代において政治と宗教は一体のものです。国譲り(=政権交代)といっしょに、新しいお祭りがはじまり、ひろがっていたのではないでしょうか?その証拠に銅鐸の発見場所はどこも山奥で、また一度に何個も放置されているのも特徴です。ある時代をきっかけに、神様(祭器)を乗り換える事件がおこり、銅鐸はひそかに埋められ、いつしか人々の記憶からも消えていったのでしょう

この仮説を証明するのは、銅鐸の発見された場所の地名です。島根県荒神谷遺跡は、銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本が一気に発掘されました。この発掘は道路整備の途中で偶然みつかったものですが、この近辺にすむ住民は、古くから祟りがある場所と言い伝えを残していました。そもそも地名からして、怪しい(ー_ー)!!

荒ぶる神の谷と書いて「こうじんだに」。そして荒神谷の地名の字(あざ)には、神庭(かんば)と表記がのこります。人々の記憶から消えた古代の祭器(銅鐸)でしたが、地名は、この地で何かがあったことを明確に伝えているのです

 

淡路島は出雲の神様とたくさんの共通点をもつ神話の里です。島には、今回の銅鐸の発見だけでなく今後も様々な遺物が発掘されることを予想します。最新の科学の目と、神話に記された古代人からの伝言が重なることで、日本の歴史に新しい光があたることを夢想します。

 

すげ~ぜ 日本^^ 教科書に書かれたことだけが歴史ではありません。文字と文字に隠された物語を妄想で埋めることこそ、人類だけに許された最高の贅沢です。ぜひ皆様も、妄想全開にしてあなただけの国史をつくっていってください!